人間だけが本能を乗り越える。本能を封じ込める。本能に逆らえる。それを犀川は「人間性」あるいは「人間的」と呼んでいる。人を愛したり、子供を慈しんだり、群れを成し社会を作ることは人間性ではない。むしろ、我が子を殺す意志こそが人間性だ。あらゆる芸術は、この反逆に端を発しているのである。
(p.96)
ならば人間性とは、人間とはこうあるべきだと作られた型。そしてかの天才だけがその外側にいる。
一片のパンのために命を懸けた大冒険か…?
(中略)
それはしかし、人間の日常ではないだろうか。当たり前のことだ。そもそも、命を懸ける、などという表現がおかしい。生まれたときから、誰でも命懸けなのだから。特に気合いを入れるほどのことではない。(p.97)
安泰な生き方など、この世のどこにも存在しない。